2007年07月29日
アダン【帽子や草履、食用にも】

ニシハマにて

旧盆祭「ムシャーマ」に使われているもの
波照間の海岸の風物詩です。









やっぱりパイナップルかな?

根元、幹、枝から気根を下し、地面に達すると支柱根となって枝を横ひろがりに伸ばして繁茂します。海岸低木林の最前線に生えます。雌雄異株で、実はヤシガニの好物です。夜間、アダンの木に登って食べています。
果実は長さ15ー20センチの球形の集合果で、熟すれば黄赤色となり芳香があります。
もともと「シマタコノキ」という和名の学名がありましたが、アダンの方が通用するようになり、現在に和名の学名になったそうです。

☆生活材
台風や潮害にきわめて強く、島の第一線海岸防備林になくてはならないものでした。老成した幹は納屋、畜舎など堀立小屋や垣根の柱に。葉はトゲを抜いてアダン葉サバ(ぞうり)、ゴザ、多良間ムシロ、屋根葺き材料、床の敷物、バスケットなどに利用されました。
気根の繊維は大小の縄になり舟のイカリ綱、牛馬のつなぎ綱、農耕用モッコ、魚とり用の大目網(ウフミアン)、魚や弁当を入れるアンチク、畳表の縦糸、ゴザやムシロの編み糸(細縄)など多様な用途がありました。子供たちの凧上げの糸にも最良だったようです。
明治末から昭和初期には、パナマ帽と並び移出用の帽子の材料にも使われました。沖縄戦で避難所になる前、壕(ガマ)は「アダン葉帽」の家庭内手工業の場でした。
☆食と薬
新芽の芯はタケノコの頭のようにおいしく、親回り(役人の地方巡視)の折に接待料理用の清浄野菜としてわざわざ採取させ、法事の精進料理には欠かせなかったそうです。八重山で食べられいます。那覇では久茂地の八重山料理「あっぱりしゃん」で食べることができます。
☆祭
飾り物、供え物として使われたようです。旧盆には仏前や墓前に供えられることが多かったよう。
☆言い伝え
琉球開闢神話に登場します。「昔、この国にまだ人がいなかったとき、天から男女の神が降りてきた。この時この島なお小さくして波漂っていた。そこでダシカという木を植えて山をつくりシキュウという草を植え、アダンという木を植えてようやく国の形をつくった」・・・といったものです。
八重山にも太陽の神がアマミキヨに命じてアダンの根元にヤドカリを作り、次にヤドカリが出た穴に人間を作り、アダンの実を食べて育った人間はすべての八重山人の祖先であるというような内容の神話があります。
地域によって、少しずつ姿を変えて存在するようです。

根を縄にして、葉はぞうりに、実は食用にしたそうです。

・黒島口説(八重山民謡)
・狩俣ぬイサミガ(宮古民謡)
・アダン花(奄美新民謡)
・美わしの琉球(城間和子)
Posted by We are OKINAWAN-KOBE at 00:00│Comments(0)
│島の樹花